小宮山 昌秀 (こみやま まさひで)(号:楓軒(ふうけん) 字:子実 通称:次郎衞門・造酒介)
生誕: 明和元年(1764)
没年: 天保11年(1840)

水戸藩士、儒学者、考証的史家、農政家。
立原翠軒に学ぶ。
天明3年(1783)に彰考館へ入り『大日本史』の編纂。
寛政11年(1799)、南郡奉行となり文政3年(1820)までの在職中、善政を敷き領民を救う。
文化4年(1807)、行方郡延方村に延方学校(後に延方郷校)、そして小川に稽医館を開く。

延方学校へ宮本茶村(1793-1862)を教授として招き親交を結ぶ。
常陸国の史書・地誌の編纂に努める。
會澤正志齋らの藩政改革に対立し彰考館を去る。
『楓軒年録』、『水城金鑑』、『楓軒偶記』、『懐抱日記』ほか。
南梁年録』を残した小宮山南梁の祖父。

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